グロリア

21歳の誕生日の夜に、ジョン・カサヴェテスの名作『グロリア』を観た。

この映画は、ヴェネツィア国際映画際で金獅子賞を受賞していて、主演のジーナ・ローランズもアカデミー主演女優賞にノミネートされている。
ジーナもカサヴェテスもわたしにとって重要なひとなので、ぜひ、記念すべきときにと誕生日まで大事にとっておいた。

ジーナ・ローランズは、世界中でいちばん好きな女優だ。『こわれゆく女』を観て確信した。子供たちが乗って帰ってくるスクールバスを待つシーンの、長い足をすらりと出した、孤児のようなジーナをみて。
ゴージャスで、なんとなく話が通じなさそうな顔もちと、とほうもなくまっさらなまなざしをもっている。きちんと人生をあるがままに受けとめているひと特有の表情。うちの飼い犬にそっくりだ。
そのせいか、ジーナが悲しそうな顔をしていると、わたしもたちまち悲しくて苦しくなる。トーベは表情のパターンが二つくらいしかないけれど、きっと悲しいときに、心のなかではこんな顔をしているのかもしれないと思ってしまうのだ。それに、ちょっとだけ、体が大きくて、手足が長いところも似ている。

『グロリア』は、オープニングクレジットに、ニューヨークの空撮などがあり、いままでに観たカサヴェテスの映画のなかで、いちばん制作費のかかっていそうな映画だった。
リュック・ベッソンの『レオン』はこの映画に酷似していて、影響を受けたというよりは、話の筋をそのまま借りたというほうが正しいと思う。言わずもがな『レオン』よりは、なにもかもがよかった。これを観てしまえば、どうしても『レオン』の軽薄さが浮き彫りになる。
<映画バカ黙示録>というある方のブログに、<『グロリア』 レオン?ああ、あの小僧ね>という記事があり、そこに端的でよく納得できる映画評が書かれていたので、ちょっと借用させていただきます。

《リック・ベッソンの『レオン』(1994)は明らかにこの作品の影響を受けている。というかぶっちゃけパクリだろう。だが、観てみれば分かるが2つの作品は大きく違う。言ってみればカサヴェテスは大人で、リック・ベッソンはガキなのだ。『レオン』を劇場で観たことはベッソンがガキだとは思わなかったが、その後の脚本や製作などを含めて彼が関わった作品を観ると良くも悪くも性根がガキなのが分かる。》

わたしとしても、よくもまあここまであからさまにまねできるものだ、と思ったのだが、それでも『レオン』のほうが、はるかに興行収入も知名度も高いのだろうから、ベッソンはなにはともあれやり手だ。

『グロリア』に出てくるヒスパニック系の男の子は、正直子供として可愛げがなく、感情移入がうまくできない。彼を守ろうとするグロリアに暴言を吐いたり、言うことをきかずに危ない目に巻き込まれそうになったりで、勝手にしろ!といいたくなる衝動に駆られる。それでも、ていねいに練られた脚本により、中盤あたりから、このフィルという男の子がそれはそれは可愛くて不憫におもえてくる。そこが、やっぱりいいのだ。最初から最後まで、超魅力的なマチルダなんかじゃあつまらない。
一方ジーナも、もう50歳に近く、渋みも増して、孤独で乾いた女、という印象なのだが、それでも彼女特有の優しさとゴージャスさがにじみ出ていて、ジーナがあまりに素敵に年を取ったことを確認できる。

ほかの監督の悪口ばかりになってしまうが、この映画について考えると、吉田喜重の珍作『エロス+虐殺』を、どうしても思い出してしまう。自分の妻を、何度も主演に起用したということで、カサヴェテスと喜重はわたしの中で重なるのだが、喜重の岡田茉莉子の扱い方は、どう考えたって無理がある。『エロス+虐殺』では、もう中年の岡田茉莉子を、若く高潔なインテリとして描いていたが、女優と役柄が見苦しいほどにミスマッチで、6割がたそのせい(とわたしは思う)で、ひどい駄作になっていた。
それと比べると、カサヴェテスはほんとうにジーナの魅せ方がよく分かっている。グロリアは、あの歳のジーナ以外の誰にも演じられなかった。カサヴェテスはいつも、そのときどきの年齢のジーナを、女優として最高に魅力的な状態で映画に封じ込めている。
ふたりはきっと仲のよい夫婦だったのだな、とありきたりなことを思う。

わたしは、物語性のためにひとが死ぬのが好きではない。ハリウッドが受け付けられないのは、ひとの死で、単純に物語に味をつけようとするからだと思う。そんなのは惰性じゃないか。
グロリアは、ぜったいに生きて逃れられないような状況から見事生還する。なんにも損なわずに、ゴージャスな彼女のまま。彼女には、息子が待っていたからだ。わたしはそれで十分だと思う。母子のストーリーなのだから、それでいいのだ。『レオン』のふたりが絶たれたのは、ふたりが恋人だったからで、そう考えれば『グロリア』のほうがよっぽど強力な愛の物語なのだ。

カメラと音楽などは、いままでに観たほかのカサヴェテス映画のほうがよかったとは思うけれど、とてもいい映画だった。リヴェットとおなじように、わたしはこのふたり、カサヴェテスとジーナが個人的にすきなので、いいも悪いもないんだけれど。思い出にのこるお誕生日の夜にしてくれました。