眺めのいい部屋

E.M.フォースターの同名小説をジェームズ・アイヴォリー監督が1986年に映画化した作品である。
マギー・スミスが主演扱いになってはいるが(不可解すぎる)、実際のところの主役は、ヘレナ・ボナム=カーターとジュリアン・サンズである。

原作を脚色せずに、正統に映像化した作品については、できるだけ原作を読みたいと思っているが、なかなかすべての原作を読むわけにはいかない。この映画も、原作者が著名なだけに、原作を読んでからブログを書ければと思ってたけれど、そんな気分じゃぜんぜんないので、映画のみの感想を書きます。

題名がすてき。気取ったところがなくて、それなのにじゅうぶんに物語性を孕んでいる。題から時の流れさえ感じられる。「眺め」も「部屋」も、映画にとって重大な要素である。いい題名だと、しみじみと思った。題名に惹かれて、監督の名前も、話しの筋も、出演者の名前もチェックせずに借りた。これはかなり稀なことで(ハズレを引かないように、いつもは下調べをするから)、この題に賭けてみるような心もちだった。なので、あえてなにも調べずに、映画を観た。

題名から予想した内容。
ヨーロッパ映画だというのは分かった。それに時代物であることも。
画家が登場する、と踏んでいた。18か19世紀の画家。この時代の画家が出てきそうなのはフランスの映画だが、フランス映画ではないともなんとなくだが分かる(題名の収まりがよすぎる)。そうすると、たぶんイギリス映画だろうな。知的なヒロインも登場しそうだな。
それで、映画を観て、じぶんの勘がちゃんと働いてる(?)ことに、おおいに満足した。

画家は出てこなかったが、わたしのイメージしていた映画だった。そうそう、このしずけさ、この光。これが観たかったのかも、って。読んでみないと実際のところは分からないが、原作によく忠実だろう。

この映画では、随所に有名なクラシック音楽が使われており、ロケ地もフィレンツェの観光名所やイギリスの田園風景なので、必然的に快い映画だった。
とくに、ヘレナが演じるルーシーが、実家のピアノ部屋で、ベートーヴェンを弾くシーンなどは、静止画よりもしずかな光景で、映画はもういいから、ピアノをずっと聞いていたいと思うくらいくつろいでしまった。
イギリス映画らしく粗雑な要素がほとんど写されていないので、一定にきれいで、そのせいで記憶にはぜんぜん残らないが、単純に群像劇としてたのしむことはできた。中盤からは、物語の展開がにぶいこともあり、ややだれてくるが、これもイギリス小説映画なのでしかたがない。
この映画の時代設定は、原作どおりに1907年で、美術や衣装(衣装を担当したジェニー・ビーヴァンは、この作品でアカデミー賞衣装賞を受賞していて、今年のアカデミー賞でも『マッドマックス』の衣装担当で二度目のオスカーを取っている。)でもなどもしっかり凝って、時代背景を確固たるものにしようという意思はよく汲み取れるが、登場人物たちの髪型や化粧から、どうしても80年代感がぬぐいきれていなくて、ちょっと笑った。男の子は、ストレートの長い前髪。女の子は、ボリューミーな前髪に、濃くて眉根のつまった眉。失礼だとは思うが、あえて言うならば、ヘレナ・ボナム=カーターからは、ピンクハウス感が漂っていた。

ジュリアン・サンズがすてきだった。粗野なところがまったく見当たらない美しくておおらかな顔立ちと、さらさらのブロンドヘアが絵画的で、この映画のあとの活躍がいまいちなのが不思議なくらい魅力深い俳優だった。
美しくて、もはや動物的なくらいだった。野生の若い牡鹿のような。脳みそが、いい意味で小ぶりそうなのだ。頭でっかちじゃないということ。体で行動しているからこその、立ち居振る舞いの優美さ。存在感が美しい。それに時代物の衣装がほんとうによく似合っていた。
ヘレナ・ボナム=カーターのほうは、ずっと不機嫌そうに、ムスッとした演技をしていて、どうしてこんなに可愛げのない役作りにしたのか疑問だった。美しいけれど、やわらかさがまるでなく、観ていて息がつまった。むしろジュリアンのほうがかわいいくらいだった。
後半に、男性の登場人物たちが、森のなかの池で全裸で水浴びをし、長々と修正映像を見せられた、ぜんぜん必要のないシーンだった。原作にあるから撮ってみたのかな。でも蛇足だった。

眺めのいい部屋、というのは物語のはじめに、ヘレナたちが訪れたフィレンツェの宿で、アルノ河が見える部屋のことを指しているのだが、主役のカップルがめでたく結ばれたあと、再度フィレンツェを訪れ、その眺めのいい部屋の窓辺で口づけをかわす。それがラストシーンなのだが、なんというか、最後まであまりに型にしっかりはまりすぎてて失笑した。ふだん、いい映画を見慣れてるからなぁ。

正直な感想としては、駄作だったけれど、イギリスの時代もの映画が観たかったのだと思う。気分的に。
(ミア・ワシコウスカの出てる『ジェーン・エア』のほうにしとけばよかったとは思ってる。)