クリスマスのその夜に

この監督の映画は3本目。
ハーメルは愛情深い人間なのだなぁとあらためて思った。
クリスマスにまつわる映画というのも、いままでに何本か観てきたけれど、わたしのお気に入りはベルイマンの名作『ファーニーとアレクサンデル』。もう色彩が完ぺきなクリスマスカラーで、毎年しっかり切なく幸福に満ちたりてしまう。それで、来年もいい映画にたくさん出会えますようにと思う。

この『クリスマスのその夜に』は、大真面目にクリスマスというある種のシンボルについて考えられた現実的なクリスマス映画だった。
クリスマスとはひと(まあキリスト教圏、もっと言えばヨーロッパ、もっと言えば北欧の人々)にとってどういうものなのか、どうしてクリスマスはこんなにまでにひとを突き動かすのか。ということを考えさせられる。
ベント・ハーメルはこの映画で六つのストーリーを見事に描いてる。どの物語もよく作り込まれていて、しかし大げさなところはなく、話がころころと切り替わってもストレスなく身を委ねられた。
この映画のテーマは「帰る」ということに尽きる。『クリスマスのその夜に』うちへ帰ろうというメッセージが込められているのだ。
ばらばらに進行する話だが、どの登場人物もみな、クリスマスの夜に、愛するひとのもとへ帰ろうとする。帰ろうとするというより、愛するひとへ会いに行こうとする。これは帰るという詞と同じ意味でしょう。
帰りつけるものもいれば、帰りつけないものもいる。その帰りを待ちわびて、待ち人に会えるものもいれば会えないものもいる。ストーリーのディテールはもちろんそれぞれにあるのだけど、突き詰めればこういうお話しの集積なのだ。

わたしはそう思って観ていたんだけど、ラストにあの種明かしがあり、あのオーロラがあり、「ああ、こういうメッセージがあったんだ」と気がつき涙が溢れた。
この映画では、紛争によって祖国に帰ることのできないすべての人々が、クリスマスに帰りたい場所に帰り着けますように、もっと言えばすべての紛争が、すべての人殺しが止みますようにというメッセージも込められていて、こんなにやさしい映画だったのかと思いいたり感動するのだ。
世界が難民で溢れかえっていることはもちろん知っているが、それは遠いところの問題としか捉えられなかった。それが、この一日に焦点を当てられ、きっと現実にあまた起こっているようなささやかなストーリーを見せられ、驚くほどこの問題に対して深く考察できた。
こういう映画経験はなにものにも代えがたいですね。

この時代にやさしい映画を撮るというのは至難の技だと思う、ほんとに。
ストーリーのなかにはもはや残酷なくらいの展開もあるんだけど、それはもちろんそのやさしさとは関係はない。
とくに、元サッカー選手でアル中になり浮浪者のように生活していた初老の男が、故郷へと向かう列車のなかで、故郷の駅に着いたと同じくらいに死んでしまうシーンはつらく、それ以上にかれの両親が、息子が死んでしまったとは知らずにクリスマスの飾り付けをした部屋でかれを待ちわびている姿を映したあの短いワンショットは、ほんとうに胸にずんと重みを感じた。

あの両親が描かれている場面はどこも秀逸だった。とくに、年老いた父親が起き上がれない妻のドレスをアイロンがけをするシーンはあまりに静謐で荘厳なまでだった。

そして、サンタに扮してこどもたちに会いに行くミュージシャンの男のお話しも。わたしもあんな状況に陥っても、かならずクリスマスにこどもたちに会いにいくと思う。そうすべきだと確信して。
元妻に股間を触られてるところがポスターに使われていておかしかった。かれのあの涙目は忘れられないなぁ。

すごくよくできた映画だった。
メッセージ性のつよい映画はじつは苦手なんだけれど、これには感動して心を動かされてしまった。
わたしは幼い頃から家を(たぶん)憎悪していて、しょっちゅう家出を繰り返し、今では滅多なことがない限り家に寄りつかなくなってしまったけれど、いつかあそこに帰りたくなる日が来るのだろうかぼんやりと考えつづけている。
(とうとう帰ってこなくなった姉のことを思う)
それで、じぶんでもびっくりしたけれど、そんな日が来ればいいなぁと思った。あの家に帰りたいと願い、帰れる日が来ればいいなぁと。