木と市長と文化会館/または七つの偶然

フランス人の美意識の高さをしかと感じられる映画だった。
(実は後半のチャプターがひとつ再生がうまくいかなかったので、完全には鑑賞できなかった。無念)
それでユニークな映画だった。こんな主題でこんな構成の映画を撮るなんて。題名のダイレクトさと素っ気なさにも、鑑賞後じわりと感動した。
ロメールの映画は軽くて淀みがない。糖分のひくいメレンゲみたいだと思う。

この映画はせりふがずいぶん多く、言ってしまえば冗長なんだけれど、ぜんぜん飽きない。むしろ、じっさい人ってほんとにずっと喋ってるよなぁとしみじみとに聞き入ってしまう。

エリック・ロメールはもともと国語教師で文学に精通してあっただけあり、かれの脚本は技巧的でどこか戯曲的な雰囲気がある。

そしてかれの人間への洞察力にはいつも驚かされる。キャラクターの立体感がほかのヌーヴェルヴァーグの監督たちとは比べものにならない精度があり、フランス映画の層の厚さを感じる。

とくに好きだったせりふの洪水シーンは以下。主人公の市長とその恋人が、市長の街につくる文化会館を設計する建築家の元を訪ねる中盤のシーン。
この美しき恋人が、やけに駐車場について建築家にあれこれ意見を言う。
車はみっともなく、駐車場とはそれの集合するアスファルトで、要するに恥ずべきものというのが、彼女の認識なのだ。建築家はその価値観に同感なようだが、駐車場は植木で囲むので外からは見えないと返す。それでも市長の恋人は地下駐車場にしたら?としつこく進言する。

おもしろいシーンで、役者の個性もよく愉しめる。建築家役の役者は見事なもので、もはや建築家役だけで一生やっていけるんじゃないかと思うほどの建築家っぷりだった。ちょっと恋した。
でもそれよりも興味をそそられたのが、わたしは彼らの「車はみっともないもの。できれば隠したいもの」というびっくり発想。
それは実際その通りであるはずで、つねづねわたしも「どうしてきれいな車ってこんなに少ないんだろう。どうしてこんなに街にも人にも馴染まないださい車一択の選択肢を一般市民に押しつけるんだろう。数多いるはずのプロダクトデザイナーはなにしてるんだろう」と思っていたのに、それを隠すなんて、想像してみることもなかった!
電柱も(ようやく)隠し始めたように、あの憎悪すべき配色の看板を掲げたコインパーキングも地下に隠せばいいのか!と単純なことを思った。

(法律にも美意識を息づかせるべきでしょう。
安倍さんが大昔に言ってた《美しい国ニッポン》はこういうことじゃなかったのかな?)
政治的なテーマも盛り込まれた映画で、フランスは、政党と環境保護団体の距離がとても近いことを知った。と言うより、環境保護団体がきちんと発言力や決定権をある程度にぎっているのだということを。

エリック・ロメールの映画の画面はいつもみずみずしい。水彩画みたいで、硬度がない。
じつはとくにすきな映像ではないのだけれど(ふしぎとあんまり入り込めない)、もちろん美しいのは美しく、ほかのヌーヴェルヴァーグの監督たちの映画よりもリアルリティの表現が巧みでラフな魅力がある。

それにしてもアリエル・ドンパールの美しさ。
アンジェリーナ・ジョリーに品格を与えたような美女だった。
そしてあの聡明なゾエ!ロメールの女たちはいつもほんもの。街中の初夏の葉っぱのように美しい。
わたしはゴダールの映画を観るとき、いつも死人を眺めているみたいな気持ちになってかなしくなるけれど、ロメールは真逆だ。だいたいうれしくて歓声をあげそうになる。映画はいいなぁって。