上海特急

ずうーっと観たかった『上海特急』をようやく!

リリアン・ギッシュの『散り行く花』やポランスキーの『チャイナタウン』なども長く憧れた映画で、わたしは中国ネタが好きなんだと気がついた。古き良き中国、というよりは古き香り高き中国。
オリエンタルって言葉が差別的な響きをもつと知ったあとも、臆せずこの言葉をよく使う。

わたしは西洋人の思い描く極端な東洋の風景が好きで、あの派手な色彩や奥行きのない人物像、スローで怠惰な雰囲気にしみじみと欲求が満たされるのが感じられる。オリエンタルという言葉は、東洋人自らの手では具現化できないのかも知れない。

とりあえず東洋の文化を一緒くたにつめこんだような知識も理解もないような演出も、ただの人種差別的な描写も、当事者なのに嫌な感じしないんだよなぁ(『ティファニーで朝食を』は日本人にも中国人にもちょー失礼だけど、あの映画はラストさえちゃんとしていれば名作になったと思ってる)。時代を経ているからか、日本人が差別に鈍感だからかなのかなぁ。

この映画では中国系アメリカ人のアンナ・メイ・ウォンが助演でまさにオリエンタル!な魅力を見せてくれていておおいに満足した。とてもいい女優だった。

わたしはこの映画が初マレーネだったのだけれど、マレーネ・ディートリッヒは言葉では言い尽くせぬほどにきれいだった。写真でみるより何倍もすばらしくって、彼女が映画のなかで動き、しゃべっているだけで感動してしまった。

だれも比肩することのできない、無類の美しさだと思う。間違いなくもう二度と映画はこんなに美しい女優を手に入れることができないのだと思うと、幻をみているようだった。
あのほっそりとしたひんやりと冷たそうな手の動きいつまでも眺めていられたし、やわらかくふしぎなマットさに包まれた声はいつまでも聴いていられた。
顔の造形のなかでいちばん惚れ惚れしたのは額の丸さ!あの額だからこそ、あの眉が生きるんだと思う。9割の人間が、彼女のマネをしたらギャグみたいになっちゃうでしょう。

とても正確な演技に一瞬も目が離せなかった。まるで楽譜を音に起こす奏者のように、彼女は演技にきちんと構成をもたせ、ひとつの表現記号さえ逃さずに映画を明確にしていった。
キスシーンのまなざしなんかも有無を言わせないほど強力で、画面越しでもドキドキしてしまった。マレーネはかんたんな魔法くらい使えたかも知れない。そしてこの映画を観て彼女に恋しない男は仙人だと思う。

あの名シーンは、ほんとに繊細で息をひそめてしまうほどだった。
短くなったたばこをはさんだ指は小刻みにふるえ、彼女の瞳は夢見るように天を仰ぎ、一瞬浅く伏せ、また目をあげる。ふるえる体を抑えるように、彼女は肩をすぼませる。

カメラは彼女を真正面から造作なく捉えたまま、音楽はない。そんなに長いショットではなかったと思うけれど、ようやくここへきて彼女は無防備な表情を観客に見せ、それがただただあまりに美しくて、わたしたちは彼女の孤独と絶望をまざまざと共有してしまう。

それと特筆することはカメラワーク!アカデミー撮影賞を撮っているけど納得。マレーネのつぎにカメラがよかった。冒頭のせまい商店街を機関車が通る場面は映画史に残る名シーンです。

車窓の景色の合成もとてもレベルが高くてびっくりしてしまった。内乱中の緊張感もよく出ていて、ただの異国でのラブ・ロマンス止まりじゃなかったところもよかった。

今年観た映画のなかではいちばんです。塗り替え。