プールの夢をみる

覚えているのは、プール開きの開会式の場面から。
わたしは高校生だった。袖のない、派手な柄のワンピースを着ている。腕はこんがりと日焼けしていて、しっとりと汗ばんでいる。周りの生徒も、水着姿だったり、その上に、バスタオルを肩にかけていたり、薄手のシャツ着ていたり。夏らしい風景。
そこに、生徒はおそらく2000人以上はいた。わたしは、じりじりと長い、みだれた列の後ろのあたりにいて、前後に見知ったクラスメートがいた。わたしのいた列は、ごく右側だった。よって、左側に、果てがみえないほどの生徒の列が広がる。とにかく人数が多いので、その空間がどれくらいのものなのか、夢をみているときも醒めたあとも掴めない。
屋外で、すばらしい晴天。日本の空の青さじゃない。アラン・ドロンが歩いてきそうな、映画のなかの地中海の空。ひどくまぶしいけれど、気温は高すぎず、気持ちのよい風が吹いている。目を細め、片足に重心をかけたまま微動だにせず、わたしは前方を見つめ続ける。やわらかな喧騒に、頭がぼうっとしている。いつまで経っても開会式は始まらない。ひどい倦怠にまみれていたが、この空間と時間への嫌悪はない。単に、そういう感情を抱くほどエネルギーがないだけだろうか。日常的な空白。

場面が変わる。
わたしは、巨大なプールの脇を、ゆっくりと歩いている。巨大だ。サッカーフィールドくらいの大きさ。背景には何もなく、地平線まで真っ白なプールサイド。それでも全生徒は入りきらないので、半数ずつ交代で使っているようだ。残りの生徒は校舎にひきあげたのか、姿はない。プールのなかの生徒は、各々、泳いだり、友達と遊んだり、浮き輪やビニールのワニを持ち込んでぷかぷかと浮いている。
水は透明できれい。プールの底まではっきりと見える。波の影が、すっきりと底に落ちて揺らめく。一般的な25mプールの水深よりすこしだけ深い。わたしは、彼らを観察しながら、プールサイドをぶらぶらする。プールサイドには、わたし以外に誰もいない。
わたしは、監視役のようだった。ホイッスルのついた黄色い紐を、首からぶら下げている。わたしは、プールに飛び込んだ瞬間のめまいのするような爽快な衝撃を想像しながら、プールサイドをひたすら、歩いている。
ふと、視界に友達の姿が入った。彼女たちはわたしに手をふる。ひとりが、わたしに大声で声をかけた。ぺかぺかした、競泳用みたいなキャップを被っている。
「ねえ!ビキニを着てきてもよかったの?」
そのようなことを、まじめな顔で聞いてきた。見回すと、たしかにみんな、色んな水着を着ている。ビキニ姿もいるが、上級生のようだ。裸で泳ぐ女の子もいる。わたしは返答に窮した。
プールのへりにしゃがみこんで、友達に近づく。
「分かんない。ビキニの人もいるけど、だいたい上級生よ。ほんとはダメなんじゃないかな」
そのようなことを返した。友達は不満そうな顔をして、返事もしないまま泳いで行ってしまった。
立ち上がり、歩き出すと、突然、視界の右に、テントが現れた。運動会で使われるようなテントがひとつ。そのすぐ隣に、明るい縞柄のビーチパラソルが開かれている。
テントの中に、おなじ監視役であろう友人ふたり座っていた。タオルを首にかけ、Tシャツの襟のなかへ入れている。ふたりは、わたしを見つけて、にやと笑った。
「ひどい、ふたりして、ここにいたの」
わたしも半ば笑いながら、ふたりに近づく。ふたりとも、小麦色に肌が焼けている。
「やっぱり、ちーちゃん、ここの場所知らなかったんだ。ちゃんと話聞かないから」
友人がそんなことを言う。わたしは笑うしかない。
わたしは、友人から視線をプールへやった。相変わらず、みんなは愉しそうにぷかぷかと浮き沈みする。そのテントの中から見るプールは、天国じみていて美しい。わたしはなんだか途方に暮れてしまった。意味なく、プールサイドを練り歩いているのを、このふたりはずっと眺めていたのだ。その途方の暮れ方は、現実のそれとそっくり同じだった。時間と空間の感覚がとりとめなく広がっていく。
ビーチパラソルの奥から声がした。白髪頭の、太った男だ。この夢に出てきた、唯一の大人。白い下着に、チェックのネルシャツを羽織っている。
「君たちも、泳いできたらいい」
このプールの管理人らしかった。真新しい白い靴下を履いていて、それが目についた。それから、ナイキのスリッパ。
友人たちは、わずかに愛想笑いをし、それを黙殺した。
わたしはその言葉に、先ほど想像した水の冷たさをイメージする。だけど、ダメだ。水着を忘れたことを思い出す。